広告業界は「幸福業界」。これだけ人の幸せを考える仕事は牧師さんか僕たちだけかも/TBWA HAKUHODO エグゼクティブクリエイティブディレクター 細田高広さんの〈クリ活〉

広告業界は「幸福業界」。これだけ人の幸せを考える仕事は牧師さんか僕たちだけかも/TBWA HAKUHODO エグゼクティブクリエイティブディレクター 細田高広さんの〈クリ活〉

現在好評発売中の『クリ活2 クリエイターの就活本~プランニング・コピーライティング編』。今回はその紙面から、TBWA HAKUHODO エグゼクティブクリエイティブディレクター 細田高広(ほそだたかひろ)さんのインタビュー内容を掲載します。海外で働くという「仕事の舞台」を選ぶか、情報の起点をつくるという「仕事の中身」を選ぶか、天秤に揺れながら、両方をかなえていった細田さん。入社当初はマーケ志望。コピーライターとしてのスタートは、順風満帆なものではなかったそうです!どのようにしていまのポジションにたどり着いたのか伺いました。そして、マスナビ用に海外のエピソードを大幅に加筆してお届けします。

写真:細田高広さん
細田高広さんTBWA HAKUHODO
1982年東京都生まれ。一橋大学社会学部卒業後、2005年に博報堂に入社。ロサンゼルスの広告会社TBWA CHIAT DAYを経て、2012年からTBWA HAKUHODOに所属。現在、自動車・アパレル・スポーツ・金融・ビューティーなどのグローバルブランドにおいてクリエイティブの全体統括を務める。広告にとどまらず企業のビジョン開発、事業・商品・サービスのコンセプト開発も担う。これまでにカンヌライオンズ金賞、スパイクスアジアグランプリ、ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS、クリエイター・オブ・ザ・イヤーメダリストなど国内外で受賞多数。著書に『未来は言葉でつくられる』(ダイヤモンド社)、『解決は1行。』(三才ブックス)、『いますぐ行きたくなる 物語のある絶景』(文響社)などがある。
【 目次 】
世界と関わりたい、と考えた学生時代
「自分たちで情報をつくる」ことへの憧れ
まさかのコピーライター配属で、「つまらない」のつらさを知った
学生時代からの「海外で働きたい」がかなう
「クリエイティブ」を「クリエイティビティ」に変えたい
向いているのは、面白いことを見いだせる人

世界と関わりたい、と考えた学生時代

通っていたのは社会学部で、必ずしも国際色の強い学部ではありませんでした。ただ、いくつか所属していたサークルの中に国際交流サークルがあったのです。そのサークルの活動は、ヨーロッパの学生と一カ月交換ホームステイをしながら現地でちょっとした研究プロジェクトを行うというもので、僕はドイツを行き先に選びました。当時ベルリンの広場の目の前にソニーのグローバル本社があり、そこで働くソニーの日本人社員がとてもカッコよく見えたことをよく覚えています。グローバルで働くことを意識した原体験ですね。その後、大学4~5年でオランダに留学しました。オランダは物流の拠点なので、様々な日本企業のヨーロッパ拠点があります。そこで働く様々な業界の方と交流して「日本に閉じるのは嫌だ」と考えるようになりました。

「自分たちで情報をつくる」ことへの憧れ

学部の同期はNHKや新聞社などマスコミ志望が多かったのですが、私はグローバルへの意識もあったので、外資系のマーケ・コンサルに興味を持っていました。だから当初は広告業界を特別意識することはありませんでしたが、色々なインターンシップを受けていく中で博報堂と出会うことになります。インターンでお話を伺った社員さんたちから「自分たちで情報をつくる」「自分たちがコトの当事者になる」というプライドを感じました。マスコミは一般的に、どこかで起きたニュースを伝えます。一方、広告業界は代理業でありながら「自分たちが情報や現象のつくり手になるんだ」という起点の意識があり、そこに魅了されました。

インターンに参加した後、就職活動をするかしないかのタイミングで交換留学が決まり、翌年オランダへ留学に行きました。帰ってきた大学5年生の夏には募集がだいたい終わっており、そこから受けられる会社を探さなくてはなりません。留学生採用を行っている商社やメーカーは受けましたね。博報堂は、会社アドレスに「2003年のインターンに参加した細田です」とメールしたら採用担当の方が覚えていてくれて、大々的には募集していなかった秋採用の枠に案内してもらいました。面接では、色々な企業を見ていく中で、自分が起点になって新しい情報をつくることができる業界は他になかった、と自分が惹かれた理由を素直に話した記憶があります。

博報堂の他に商社などから内定をもらいました。海外で働くという「仕事の舞台」を選ぶか、情報の起点をつくるという「仕事の中身」を選ぶかでずいぶん迷いましたが、美大卒の両親が唯一知っている会社だったという後押しもあって最終的に博報堂を選びました。それでも海外で働きたいという気持ちはずっと持ち続けていたのです。

まさかのコピーライター配属で、「つまらない」のつらさを知った

職種に関して言えば、もともとはクリエイティブ志望ではなくて、マーケティング志望だったのです。マーケティングの研修課題の点数はかなり良くて、絶対にマーケティング配属になると思っていたら、まさかのコピーライター配属。後から聞くと一つの「実験」だったらしいです。広告の形がどんどん変わっていく中で、表現が好きな人材だけではなく、もっと広い視点で戦略的にものごとを組み立てられる人材が必要なのではないか。だからマーケティングの適性のある人をクリエイティブに入れてみようと。当時の僕は、この実験は大失敗だと思っていました。「お前はつまらない」と言われることがこれほど傷つく、つらいことだとは思いもしませんでしたから。それまでの人生、どちらかというと「正しい・賢い」という価値基準で勝負してきた人間だったのです。それが急に「面白いかつまらないか」で勝負する土俵に放りこまれてしまった。入社当時にトレーナーからつけられたあだ名は「精密機械」でした。細かく考えているけど想像通りのアウトプットしか出してこないじゃないか、と。ぶっ壊れた「クレイジーコンピューターを目指せ」と言われましたね。いま振り返ると意味わからないアドバイスですよね(笑)。

転機になったのは、先輩たちの言う「面白い」が「ファニー」ではなく、「他の人がまだ見てない視点」なのだとわかってきた時です。そこに気づいてからは、視野を広げる努力をするだけ。努力する方向さえつかめれば、何でも頑張れるものです。今となってはクリエイティブ配属で本当に良かったと思っています。初配属がマーケだったら、自分の性格的に手近な正解で満足する人になっていたかもしれません。クリエイティブの部署で、視野を広げて可能性を広く見渡す力が鍛えられました。

学生時代からの「海外で働きたい」がかなう

グローバルで働きたいという気持ちは学生時代からあったため、「海外に行きたい」とことあるごとに周囲ににアピ-ルしていました。だから、米国のTBWA CHIAT DAYに博報堂から何人か送ると決まった際に、僕の名前を挙げてもらえたのだと思います。ただ、渡米が決定したころに、尊敬していた先輩に止められたのです。「変に手口や領域を広げずにコピー1本に絞ったらコピーライターとして大成するかもしれないぞ」と。海外で働きたいという気持ちは学生時代からあったので、かなり悩みました。このまま日本でコピーライターとしての純度を上げていくか、海外に行って軸や幅を広げるか。結局、幅を広げる誘惑に勝てませんでした。就活のときの考え方って案外変わらないものですね(笑)。

CHIAT DAYには1年半行きました。ヒリヒリすることも多かったけど仕事は楽しかった。肩書はコピーライターでしたが、コピー以外もなんでもやっていました。日本の広告業界には「アクティベーションプランナー」や「インタラクティブプランナー」などメディアや手法に合わせた職種があるのに対して、アメリカはコピーライターとアートディレクター(AD)だけです。どんなコミュニケーションも、つまるところ、すべて言葉と絵だよねっていう発想。今までコピーだけをやってきたのに、急にメインメッセージ、ステートメント、フィルム、デジタル、プロモーションがすべて統合されたプランを考えないといけない日々に。「5 by 5」という号令のもと、ADとペアを組んで「5時までに5つの統合プラン」をクリエイティブディレクターに毎日提案していました。1つのコンセプトから広く展開していく自由を、このときに学びましたね。

一番印象に残っている仕事は、テレビ番組「GT Academy」です。ソニーと日産のジョイントプロジェクトで、まずグランツーリスモというレーシングゲームのトッププレイヤーを20人ほど選びます。そのあと、ゲーマーの彼らにレーサーになるためのトレーニングを施し、最終的にひとりを日産のレーシングチームからデビューさせるという企画です。一連のプロセスをテレビ番組のリアリティショーとして放送しました。コアアイデアは私の考えたものではありませんが、「こうやってコンテンツをつくるんだ」「広告ってすごい自由だ」と感嘆しました。

「クリエイティブ」を「クリエイティビティ」に変えたい

現在はTBWA HAKUHODOに所属しています。現在の仕事は大きく3つの領域に分かれます。1つ目は広告領域。日産・ユニクロ・AIG・アディダスなどグローバル企業の、広告・ブランド・体験をつくる仕事です。2つ目は商品開発領域。開発の現場で生まれる様々なアイデアを、生活者目線の商品コンセプトに翻訳します。3つ目は経営領域。経営者や経営企画の人と一緒に、会社をどうしたいか、ビジョンやミッションに落とし込みます。これら3つの領域に共通しているのは、相手の頭の中のもやっとしていることを言語化・物語化するということです。コピーライティングで習慣づけられた「言葉にする」「物語にする」というスキルが、僕なりのクリエイティビティの基盤になっています。

TBWA HAKUHODOは「クリエイティブエージェンシー」と呼ばれています。直訳すると「制作物」代行業のこと。僕はこの「クリエイティブ」を「クリエイティビティ」に変えたいと考えています。制作物ありきではない、クリエイティビティ、つまり創造性の代理業。人と違う発想が欲しい、あらゆる瞬間に頼りにされる存在を目指しています。宣伝部・マーケティング部だけではなく、R&D室や経営企画室の方々と仕事をすることも当たり前になってきました。広告をつくる発想やスキルが業界外から求められる手応えを感じています。

向いているのは、面白いことを見いだせる人

広告業界に向いているのは、面白いことを見いだせる人だと思います。反対に「バックパッカーやってました!」みたいな、経験だけで満足している人はダメですね。すごく特殊な経験はなくても、例えば「4年間ファストフードのバイトしかしてないけど、見つけた改善点が採用されてマニュアルが変わった」という人のほうが面白い。何をしたかよりも、その経験から何を見いだしたかのほうが重要だと思います。

僕の考える広告業界の良いところは3つあると思っています。1つ目は人生の中で仕事と関係ないことが一つもないところ。車を買おうと思えばそれは車の仕事に役に立つし、毎日服を着る行為はアパレルの仕事に役に立ちます。一挙一動が仕事の肥やしになって、無駄なことが一つもありません。失敗やコンプレックスというネガティブなものでさえ、それらがあったからこそ導き出せるインサイトがあります。2つ目は、幸福しか語れないということです。広告業界は、ある意味「幸福業界」かもしれません。ネガティブなことを言ってはいけないし、必ず商品が人をどう幸せにするかを考えなければいけない。難しいけれど、素敵ですよね。この制約が僕は好きなんです。これだけ人の幸福を考えている職種は、牧師さんか僕たちだけかもしれません(笑)。3つ目は、人と変わっていることが強みになるところです。自分のなかのいびつな部分が武器になって、価値になって、お金に変わります。今まで社会に染まりきれていなかった人がヒーローになれる。それが広告業界です。









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