株式会社日本経済社(nikkeisha)─日経グループ

株式会社日本経済社(nikkeisha)─日経グループ
ロゴ:株式会社日本経済社(nikkeisha)─日経グループ
業種:
広告会社
勤務地:
北海道、東京都、新潟県、石川県、長野県、愛知県、京都府、大阪府、広島県、福岡県
得意分野:
テレビ、ラジオ、雑誌、新聞、Web・デジタル、SP、イベント、PR、屋外・ディスプレイ、プランニング、プロデュース、その他
募集職種:
営業系、マーケティング系、クリエイティブ系、エンジニア系、その他

営業局 三ツ屋香菜さん

現在の仕事内容は?

私は現在入社2年目で、営業部に所属しています。6人チームで業務に取り組み、私が一番若手になります。クライアントは主に建設業界を中心に、15社ほど担当しています。

営業部の1日は、メールチェックから始まります。そのあとは、クライアントと媒体社のコミュニケーションをつなぐ、橋渡し的な業務を行います。例えば、広告提案や費用感の確認、スケジュールの調整などですね。また、最近は新型コロナウイルスの影響で少なくなりましたが、直接クライアント先へ打ち合わせにも伺います。その際、気をつけていることは「お客さまを第一に考え行動すること」です。これは以前所属していた部署の上司から教わった営業パーソンとしての心得であり、この言葉を胸にクライアントとは真摯な態度で向き合うように心がけています。

どのような学生時代を過ごしていたか?

大学の専攻は社会学であり、所属していたゼミでは、広告と社会の関係について勉強をしていました。多角的な視点で物事を考えられるよう、文学や社会問題についての講義に積極的に参加していましたね。

また、サークル活動では校内向けにフリーペーパーを制作していました。季刊誌であったため、3カ月に一度のペースで、毎号テーマを設定し、発行していました。例えば「花」をテーマにしたときには、花に関連する本と歌の特集や、ドライフラワーをつくっている様子をフリーペーパーにレポートとして掲載しました。私は記事のライターとして、制作に参加していました。このサークル活動に参加していた理由は、雑誌を読むことが昔から好きだったからです。そしてこの活動をきっかけに、「メディア」というものに興味を持つようになったのです。

どのような就職活動をしていましたか?

就職活動中に大切にしていたのは「いろいろな人と関わりを持てる仕事に就きたい」という気持ちです。そのため、業界は絞らず幅広くのインターンシップに応募していました。具体的には、不動産会社や信託銀行、さらにアパレル系企業など……合計して10社ほどの会社のインターンシップに参加しましたね。

私がこのような行動をとった理由は、自分が将来どんな職場で働きたいのかを明確にするためです。私は就職活動中に、大学の先輩から「投げやりに就職先を決めないために、自分が妥協できないポイントを決めておいた方がいい」というアドバイスをいただきました。この言葉に、当時深く共感したのです。このアドバイスをもとに、事前に業界の雰囲気や仕事の内容を把握していくことに努めました。その結果、はじめはたくさんあった就職先の候補も少しずつ絞っていくことができました。そして浮かび上がってきたのが、いま私がいる広告業界であり、日本経済社と出会うことができました。

日本経済社を知ったのは、企業説明会がきっかけでした。その説明会での「当社の仕事は、自分の好きなことを世の中の人に知ってもらう職業です」という言葉がすごく印象に残ったのです。サークルの活動を通して発信することの楽しさをすでに知っていたので、すぐにエントリーの準備を進めました。

書類選考通過後は、一次選考や二次選考、そして最終面接と進んでいきました。そのなかで特に記憶に残っているのは、二次選考です。自由に自己PRをするという内容でアイデア力が試されました。与えられた時間は3分間。私はそれをヒントに、「3分間しか地球で活動ができない」というウルトラマンの設定を自身に当てはめ、面接に挑みました。長所を得意技と表現するなど、ユーモアを取り入れながら自分の魅力を面接担当者にアピールすることができたと思います。

最終面接は社長や複数の役員の方から志望動機などの質問を受けました。緊張はしましたが、私に興味を持っていろいろと訪ねてくれたため、面談のような感覚で答えやすかった印象です。

選考を通して採用担当の方は丁寧で、いつも就活生に心配りをしてくださっていました。その様子から会社の温かそうな社風を想像することができたので、日本経済社に入社を決めました。

入社前と後でギャップは?

本音を言うと、入社前は日本経済新聞社のグループ会社という印象が強く、会社に対して硬派で真面目なイメージを抱いていました。しかし実際は、同じ部署の先輩方はパワフルで明るい性格の人が多く、後輩にも気さくに話しかけてくださいます。みなさん面倒見がいい方ばかりで、オンとオフのメリハリがしっかりとついていると感じました。そのため、入社前に抱いていた会社へのイメージは、良い意味で裏切られましたね。

また、日本経済社が仕事で取り扱う広告媒体に関しても、入社前は日経グループで展開しているものばかりだと思っていました。しかし実際はそんなことはなく、グループ以外の媒体も扱っているため、テレビや雑誌などを使った幅広い広告提案をクライアントに行えています。

一例を挙げると、宝島社が発行する女性向けのファッション誌『sweet』を使ったタイアップ企画を昨年の夏に受注しました。これは私が初めてクライアントと媒体社の間に立って進行管理を務めた案件です。原稿の確認作業や撮影スケジュールの調整などを担当し、モデルの撮影現場にも立ち会いました。また読者に届きやすい広告にするため、媒体社の担当にも何度か相談に乗ってもらいました。そうした一連の業務のなかで、余裕を持ってスケジューリングすることの重要さを学ぶことができました。そして、実際にその雑誌が発売されたときは、とてもうれしかったです。誰かに自慢できる仕事をしたと思えましたね。

上述のような、日本経済社に対して最初に抱えていた印象は、いまではほとんど感じていません。広告を軸にグループ会社以外のさまざまな人と関わることができています。まさに、「学生時代に思い描いていたままの広告業界で、いま働いている」と感じています。

いままでで一番印象に残っている仕事は?

ある総合建設会社の広告の案件に携わったことが印象に残っています。広告の内容は、この会社が積極的に取り組んでいるSDGsの活動についてのものでした。ホタルの生息地を守りながらトンネルの開発をするなど、自然環境を壊さないための配慮を行いながら建設事業を展開されています。持続可能な社会づくりに向き合っている企業姿勢を、広告の力を使って広めることが今回の目標でした。

そのために広告賞を取ることは必須条件であり、入社1年目にして大役を任され当時は大変なプレッシャーを感じていました。施策は新聞を使ったシリーズもので1ページ全面広告を一つ、その後期間を開けて各記事下の3分の1ページほどのスペースに3回シリーズで出稿しました。広告制作にあたって、制作スタッフと打ち合わせを重ね、可愛いイラスト調のデザインを提案しました。読者にSDGsの活動内容をわかりやすく伝えるためには、親しみやすさやキャッチーさが重要だと考えたからです。そのかいあってか、日本経済新聞社が主催する第69回日経広告賞のSDGs部門で「優秀賞」を受賞することができました。その知らせを聞いたときは、うれしいという気持ちより、ホッとした気持ちの方が大きかったです。とても大きな達成感に包まれました。上司や先輩にも力を貸していただきながら、必死な思いで最後まで業務をやり遂げることができたと思います。

学生のみなさんへメッセージ

私は大学在学中、映画を観たり本を読んだり、意識的にカルチャーに触れるようにしていました。それがいま、年上の人とコミュニケーションを深める際に役立っています。幅広く作品を知っておくことで、世代が異なっても会話が生まれやすくなります。会話の引き出しは、多ければ多いほどいいと思うので、ぜひ、視野を広げ、興味を持てることを一つでも多く見つけてみてください。社会人になったとき、きっとプラスに働くはずですよ。

創業/設立/沿革
1942年11月
創立

1971年2月
日本経済新聞社、朝日新聞社その他4社と共に財団法人新聞広告審査協会を設立

1984年7月
本社を茅場町より銀座に移転

2007年6月
財団法人日本情報処理開発協会(JIPDEC)より、プライバシーマーク認定(JISQ15001:2006)を取得

2014年1月
(株)日経広告、(株)東日本日経社と経営統合し、全国ネットワークが完成

2017年11月
創立75周年を迎える

2018年7月
デジタルマーケティング会社である株式会社パブリックアイデンティティを買収、子会社化
代表者
代表取締役社長 北村真一郎
本社・事業所
本社(東京)、大阪、札幌、旭川、函館、新潟、長野、金沢、名古屋、京都、広島、福岡
関連企業
株式会社日経社ハビタ21/株式会社日経アドエージェンシー/株式会社パブリックアイデンティティ
従業員数
442名(グループ会社含む)
資本金
1億9,796万5千円
売上高
353億2,856万円(2021年度実績 グループ会社含む)

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